富裕層世帯の妻が「多産」を嫌がる理由
「貧乏人の子沢山」という言葉がある。果たして、本当なのか。国内外の統計データを調べると、むしろ低所得世帯は一人っ子の割合が高いことがわかる。では「富裕層の子沢山」となるのか。これも違う。最近の富裕層の平均子供出生数は2.00だからだ。生活に余裕があるのに、なぜ富裕層は子供を増やそうとしないのか――。
■「所得400万円未満」の世帯の一人っ子率は70%以上
ある男性の読者からこんなご意見をいただきました。
〈私はいい大学を中退して会社をやっていましたが、全然うまく行きませんでした。またそのうちやるつもりの無職です。(中略)私は女好きです。ですから、たくさん女をかこえて、子孫をたくさん増やせる、という点は金持ちのメリットかなと思っています。しかし、出生率を見ても田舎の貧乏人のほうが子沢山ですよね。テレビに出てくる大家族みたいな人たちはたいてい貧乏人ですよね(後略)〉(投稿文ママ)
いささか偏見も含まれている気もしますが、この男性が言うように、果たして所得の低い夫婦は無計画に子供をつくる傾向があるのでしょうか。また、富裕層は一般の家庭と比べて子供の数は多いのか少ないのか。
まず、日本の所得と子供の数の現状を見ていきます。
▼所得400万円未満の世帯「子供0人」が過半数
僕が、総務省の2012年就業構造基本調査から「所得と子供の数」のデータを拾い上げて加工したグラフは次のようなものです。これによれば、世帯所得400万円未満の世帯では、「子供のいない(0人)世帯」の割合が過半数に達します。
一方で年収が上がるにつれて「子供0人」の世帯は減少していき、年収1250万円を超えると再び上昇していきます。ただし、このデータは高齢者世帯を含む全世帯のもの。同じ高齢者でも、年金暮らしの世帯では所得が低く、高齢にしてなお経営者などをしている世帯では年収が高いですが、そのいずれも「子供0人」の世帯にカウントされているとも考えられます。また、所得が上がるにつれて子供が1人以上いる世帯の割合は増えています。
■「貧乏人の子沢山」説は完全な誤りだった
ここでさらに、家族計画が完了していると考えられる(今後子供は作る予定はないと推測できる)、「15歳以上の子供が最低でも1人以上いる」世帯で切り取って世帯所得と子供の数を見てみると次のようになります。
ポイントを整理しましょう。
●「所得400万円未満」の世帯で一人っ子比率が70%以上となっています。
●子供2人の世帯は所得が大きくなるにつれて増えいき、ピークは「所得1250万円~1499万円」となっています。
●子供が3人以上いる世帯の割合は、「所得500万円以上の世帯」が10%を超え、その割合は世帯所得の増加に伴って最大14%に達します。
これらの結果、読者の男性の仮説を検証すると、「貧乏人の子沢山」は実際にはあてはまらず、所得の高い世帯ほど子沢山率が高く、所得が低い世帯ほど1人しか持つ余力がないというのが現代の日本の現状を表していると言えそうです。
▼所得と子供の数の関係を巡る学説
所得と子供の数の関係については、「出生力の経済学」として経済学的な観点からいろいろな説明がなされています。代表的なものを挙げてみます。
1)質と量のトレードオフ関係
ノーベル経済学賞を受賞したゲーリー・スタイン・ベッカーは、夫婦は子供を何人生むかを子供一人にかかるコストを考えた上で決定するという質・量モデルという意思決定の問題だと考えました。
家庭の所得が上がると、「良い子供に育てたい」という子供の質に対する欲求・需要は高まる。そのぶん教育費などの養育にかけるコストが増大するため、量(子供の数)に対する需要が低下するというものです。「質と量のトレードオフ関係」によって、所得が上がると子供の数が少なくなることを説明していますが、前述したように、日本においては、所得が上がると子供の数は多くなっているので、このベッカーの理論だけでは説明がつきません。
ただ、子供にかけるコストに関しては、高所得層ほどかけるというのは事実でしょう。逆に、テレビで放映される大家族モノの低所得世帯と思われる家庭は、子供を大学に入れたり、海外留学させたりという子供へ教育的な投資をするシーンをほとんど見たことがありません。「質」についての投資が少ない分、子供を産み・育てることにあまり躊躇がないのかもしれません。
■妻は自分の所得が増えると子供を欲しがらなくなる
2)Butz‐Wardモデル
夫の所得の増加は、子供の数に対する需要を増加させるが(所得効果)、妻の所得の増加は子供の数に対する需要を減少させる(代替効果)。同じように所得が増加するにもかかわらず、夫と妻とでは出生率(子供を作る意欲)に関しては逆方向に働くという理論です。パートやアルバイトではなく、フルタイムで働くワーキングマザーの場合、家事・育児の負担がより大きくなるため、出産を女性が控えるのかもしれません。
3)相対所得仮説
これは、以前、本欄でご紹介した、「イースタリンパラドックス」(国全体が豊かになっていっても、(国民の)幸福度は変わらない)を唱えたアメリカの経済学者リチャード・イースタリンが考えた説です。
親世代の生活水準、つまり自分たちが子供時代に経験してきた生活水準と自分たちが子供を作ったときの生活水準の比較(世代間相対所得)によって、今までと同等以上の生活水準を維持できるなら子供を作るけれど、維持できない場合には子供を作ることをためらうとする内容です。親世代と自分たち夫婦の間の相対所得が子供の数に影響を及ぼすという理論です。
【参考】
BLOGOS 17.11.27