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ノーベル経済学者に学ぶ年金のもらい方 - 野口俊晴(ファイナンシャル・プランナー)

明日もらうより今日もらう方が得か?

2017年のノーベル経済学賞は、リチャード・セイラ―教授(シカゴ大学)が受賞した。行動経済学者の受賞は3人目である。行動経済学は、経済学を本格的に学んでいない人にも興味が持たれ始めている。投資や金融に関わる人間の行動心理を分析しており、それが身近な貯蓄・消費行動にも当てはまるからだろう。

 

今回は行動経済学者たちがいくつか打ち立ててきた理論の中から1つ取り出して、私たちの経済行動を見てみることにする。それは、年金のもらい方についてである。年金をいつからもらうか。早くもらうか、遅くもらうか。これから年金をもらう世代にとって、将来の年金改正も踏まえ、その損得と対処を行動経済学的に考えてみたい。

 

行動経済学の理論の中に「現在バイアス」(present bias)がある。人は、将来得られる利得より、現在得られる利得をすぐに欲したがるというものである。今日もらうと損するとわかっていても(明日もらえば得するとわかっていても)、今日もらうことを欲する。

 

1ヵ月後に10万円もらえると決まっていて、今日もらうと9万円に減るとわかっていても、今日もらうことを人は欲する。利子の割引と同じ考えである。今もらえるなら高い利子を差し引かれても現金を手にしたい。資金繰りで苦労している事業者は、身につまされる思いを何度もしていることと思う。

 

年金の繰上げと繰下げの損得勘定

ここで、年金受給の本題に入る。公的年金の繰上げが「現在バイアス」にあたる。バイアスというのは「ちょっと偏ったものの見方」くらいにとってもらえればいい。

 

今得して、後で損するか。後で得するために、今損するか 。この「現在バイアス」の命題について考える前に、繰上げ・繰下げについて説明しておく。現行制度での公的年金は、本来受給が65歳である。65歳より早くもらいたい人は、65歳から1ヵ月単位で60歳まで前倒しで早めてもらうことができる。これが繰上げ受給である。一方、65歳から1ヵ月単位で70歳まで後ろに倒して遅くもらうこともできる。これが繰下げ受給である。

 

繰上げの場合は、1ヵ月で0.5%(年6.0%)が本来受給額より減額される。この減額率は終身続く。繰下げの場合は、1ヵ月で0.7%(年8.4%)が本来受給額より増額される。5年間で繰上げは30%減額、繰下げは42%増額し、これが終身続く。

 

仮に老齢基礎年金のみで70万円もらえるとする。5年繰上げでは年金は49万円、5年繰下げでは99.4万円となる。その差は、なんと年50.4万円となる。もっとも、5年繰り下げると65歳から本来もらえる年金350万円(70万円×5年)がもらえなくなる。それでも総額で見ると、70歳繰下げの場合は82歳以上長生きすれば65歳受給より多くなる。一方、60歳繰上げの場合は77歳以上生き続けると本来の65歳受給より総額は少なくなる。つまり、長生きする自信がない人は、さっさと繰り上げた方が得といえる。

 

損と分かっていても先にもらってしまう「現在バイアス」

このように受給者本人からすると、「今得するか」「後で得するか」という反対の効果が見られる。しかし、実際の受給者が減額と増額、さらには生涯の総額を正確に計算して選択しているとは思えない。繰上げの主な理由を見てみると、5年前の調査だが「年金を繰上げしないと生活ができなかったため」「生活の足しにしたかったため」「減額されても早く受給する方が得だと思ったため」となっている(厚生労働省「老齢年金受給者実態調査」平成24年)。3つ目の「減額されても早く受給する方が得」というのは、まさに「現在バイアス」のかかった回答である。

 

平均受給額から見て、繰上げした人の平均受給額は本来受給の約75%である(同省「厚生年金、国民年金事業の概要」)。これを単純に繰上げ年数に換算すると、4年以上の期間を繰上げた人が多いことになる。生活が切迫している人がそれだけいるのも事実だろう。しかし、前出の「早く受給する方が得」「生活の足し」のように、なんとなく得しそうだと思う人にとっても利得が目前にあればあるほど、繰上げの効用は大きくなる。つまり、60歳でもらえる年金は64歳や65歳でもらうより、本人にとってはるかに満足がいくものなのである。

 

目の前から甘い選択を排除しておく

繰上げは、生活が切迫している状況では最後の助け舟となる。しかし、安易に繰り上げていないか。老齢年金の少ない人の対策としては、まず第一に、60歳以降も働くことが大前提となる。働いても資金が足りないから年金に頼るのだと言うかもしれない。そこに、「現在バイアス」がかかっていないか。減額してもすぐにもらった方が長い目で見ても得するように思ってはいないか。これまで見てきたように、今欲することは、長い目で見れば後でもらうより得することにはならない。「どうせ長生きしないのだから、もらえるものは今のうちに」と思っている人はそれでいい。ただし、貧困長寿も考えておかなければならない。長生きしないという確約は、人生にない。

 

対処は簡単である。繰上げはしないことだ。どうしてもしなければならないのなら、できるだけ短い期間にする。できれば1ヵ月でも1年でも、受給時期を後にずらす。すぐにもらえると思うと、つい手が出てしまう。これが人間の習性である。行動経済学の応用では、これを回避するためには最初からその選択を「排除」しておくのである。ダイエットしたい人がいつも目の前にお菓子を置いておけば、なくなるまで食べてしまう。ならば、最初からお菓子皿を目の前からなくしておくのである。つまり、年金の繰上げという制度そのものを自分の計画から「排除」しておき、そうやって自分の選択に「制約」を与えておく。その代わり、資金計画、就労計画を40代、50代から考えておくのだ。

 

年金改正後は繰下げも得ではない

どうしてもお金が必要な状況でも、5年ではなく3年、3年ではなく1年、1年ではなく半年と、できるだけ凌いで繰上げ期間を短くする。さらにいうと、これから年金をもらう人は、最初から繰下げも考えないことである。

 

「繰下げも?」と思うかもしれない。その理由は、今後の年金受給年齢の引上げにある。本来受給年齢は、今後段階的に上がっていき70歳になるとされている。その場合、現在の65歳の受給計算がそのまま70歳の受給計算に反映されるかもしれない。現行では年金を70歳に繰り下げると42%増額の年金額がもらえるのに、70歳が本来受給となると、増額分の付かない額が本来受給額になることも考えられる。つまり、現在の65歳の満額と年金改正後の70歳の満額はほぼ同額、いや年金財政上、もっと下がるかもしれない。

 

それなら70歳から繰り下げればいいと言うかもしれない。そうなると、70歳以降の繰下げ期間は無年金になる。そのうえ、繰下げしたときの生涯受給総額が70歳本来受給の総額を上回るまで生きられるという保証は、さらさらになくなるかもしれない。

 

将来の年金改正については、まだはっきりしたことは言えない。確かなことは目先の得に振り回されると、今後ますます損をするということだ。

 

【参考記事】

目先の損得にとらわれない これからの年金、早くもらう方法と多くもらう方法 (野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)

http://sharescafe.net/41566040-20141026.html

受給資格期間が10年に短縮 絶対に損しない年金のもらい方(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)

http://sharescafe.net/52129715-20170927.html

転職貧乏で老後を枯れさせないために個人型DCを勧める理由(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)

http://sharescafe.net/49061150-20160714.html

税の優遇だけでは語れない確定拠出年金のメリット(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)

http://sharescafe.net/49633037-20160929.html

老後の年金格差をなくすために(野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー)

http://sharescafe.net/51567662-20170628.html

 

野口俊晴 ファイナンシャル・プランナー TFICS(ティーフィクス)代表

 

【参考】

BLOGOS  17.11.28

http://blogos.com/article/261679/